目黒にある古城について

昨日は、仮想通貨の所得計算のアプリを作成している会社さんへお邪魔してきました。 若い会社だけあって、熱気がすごいです。こうした熱気を感じられる会社さんはきっと大きくなるんだろうなと目黒駅へ向かって歩いてるいと目黒川の川岸に立つ古城がありました。この古城は25年前にも見たことがありました。目黒に古城があったと驚いた記憶があります。25年前、新人職員であったころ、この道を汗を流しながら歩いていたなと思い出しました。今日の伺った会社も25年後大きな会社になっていることを信じています。そして、この古城も25年後もここにあってほしいと思います。

仮想通貨のマイニングマシンを設備投資として購入することについて

昨日は、税理士への仮想通貨取引記録支援を行う「Guardian」で利用している計算システムを、Webアプリケーションとして提供する株式会社Aerial Partnersさんの主催する第2回目のミートアップへ参加しました。 会場には、スマートフォン用walletアプリ『Ginco』を提供されている 株式会社Ginco代表取締役の森川夢佑斗さんがいらっしゃって、貴重な話を伺えました。その際、Ginco株式会社さんの広報担当者さんと仮想通貨のマイニングマシンを設備投資として購入するついてのスキームをご相談させていただきました。 今後、新たなスキームとしてリリースできるよう検討してます。

看板が付きました。

依頼していた看板が今日、設置されました。 立川工芸社さんにデザインをお願いして、建物の大きさに合う素晴らしい看板ができました。

 

 

たまらん坂の由来

ウィキペディアによると、1923年(大正12年)、関東大震災で被災した東京商科大学(現一橋大学)が1927年(昭和2年)、東京市神田区(現千代田区一ツ橋)から北多摩郡谷保村(現国立市)に移転した際に、東京商科大学の学生があまりの急坂に対して「タマラン」と口走ったことが坂の名前の由来とされている。大学本科に先行して専門部(旧制)が谷保村へ移転した最初期には、中央線国立駅は開業していたものの、省線が国分寺駅折返し運転であった関係で国立駅発着の列車は長距離列車に限られ本数が少なかった。東京商科大学の学生は早朝の長距離列車に乗遅れた場合、国電を国分寺駅まで乗車のうえで、同駅からの通学を余儀なくされた。当時、坂は舗装されておらず雨になるとよく滑り、通行が大変だったという。その後坂は太平洋戦争中の学生の学徒動員により開削されたためなだらかになっている。坂の上からは一橋大学の象徴である時計台が現在もよく見える。
また、RCサクセションの忌野清志郎がこの坂の界隈に下宿していた頃があり、当て字で「多摩蘭坂」というタイトルの曲を発表したことでこの坂が有名になり、多くのファンが訪れるようになった。以前、坂の途中にあった住宅の石垣にファンの書き込みが多く見られたが、マンション建設の際に石垣は解体され、姿を消している。その際の石垣の石は希望者に頒布された。
忌野の実家は国分寺市富士本で、中央線国立駅の北側にある。一方、たまらん坂は中央線を挟んで反対側の中央線西国分寺駅 – 国立駅間の南側にある。
坂を通る路線バス(国03 国立駅南口←(総合医療センター経由)→府中駅<京王電鉄バス>)は、停留所名を「多摩蘭坂」としている。

先日、仮想通貨取引記録支援計算システム「G-Tax」をリリースする株式会社Aerial Partners主催セミナーの元国税局よしもと芸人「さんきゅう倉田」さんの講演にゲストとして登壇させていただきました。みなさんものすごく真剣に聴講していただき、ころちらにも緊張感が伝わるくらいでした。講演の後、何人かの方々に声を掛けていただきました。まだまだ、仮想通貨に関する税務処理について広報の必要があるなと感じました。